ハイドレートとは
詳細
ハイドレートとして最も知られているものはおそらくメタンハイドレートです。日本の近海の海底下に多く埋まっていて、天然ガス資源として期待されています。メタンハイドレートはメタンガスが氷の中に閉じ込められたようなものです。これが融けて分解すれば水とメタンガスになり、メタンガスは家庭で使うガスのように燃やして資源として利用することができます。
メタンハイドレートの燃焼写真
メタンハイドレートは燃える氷として知られているように、氷と似ていて見た目では区別できません。分子レベルで見てみると、メタンの分子が水分子が水素結合によって作るかご状構造の中に取り囲まれているような形をしています。ハイドレートにはメタン以外の物質も取り込むことができ、以下の画像は、二酸化炭素分子が水分子のかご状構造に取り込まれているモデルです。
二酸化炭素分子が水分子の作るかご状構造(ケージ)に取り込まれているモデル
(赤:水分子中の酸素原子; 緑:二酸化炭素中の炭素原子; 水分子の水素原子は省略しています。)
このように他の物質を水が取り囲む(包接する)形をとっているため、正式には包接水和物(英:Clathrate hydrate、クラスレートハイドレート)と呼ばれます。
日本ではメタンハイドレートが有名ですが、石油や天然ガスの業界では、ハイドレートはパイプライン等で閉塞を引き起こす物質として知られています。パイプラインが閉塞してしまうと大規模な石油やガスの漏出事故に繋がるため、石油・天然ガスの生産が盛んな国ではFlow assuranceと呼ばれる流動障害対策技術の開発が継続的に行われています。
当研究室で興味を持って取り組んでいるトピック
ハイドレートは地球や惑星などの宇宙スケールの科学から、生活に身近な省エネ技術に至るまで広範なトピックに関わっています。当研究室では特に次のトピックに興味を持って取り組んでいます。
- メタンハイドレートの資源開発
- CO2ハイドレートの利用
- ハイドレートの熱物性
- ガス分離や蓄熱などの省エネ・環境技術
- 新規物質の探索、創成
- ハイドレートの特性を活用した新規プロセスの開発
以下ではこれらのトピックに関して概説します。
海底メタンハイドレートの資源開発
日本の近海の海底にはメタンハイドレートが賦存しています。これらのメタンハイドレートは海底の温度圧力等の条件下で安定で、メタンガスを取り出すためには減圧するなどエネルギーを投入する必要があります。エネルギー資源としての活用を目標として、ガス生産のために投入したエネルギーよりも多くのエネルギーを取り出すための生産技術の開発がされています。
海底に露出しているメタンハイドレートのかたまり
(出典:メタンハイドレート開発実施検討会資料)
メタンハイドレートからメタンガスを生産する過程においては、メタンガスと水が共存します。メタンハイドレートを一度メタンガスと水に分解しても、低温や高圧などの温度圧力条件が揃えば再びメタンハイドレートが生成し、配管や機器の閉塞などを引き起こします。これは、石油や天然ガスのパイプラインや、蓄熱やガス分離などハイドレートの産業利用プロセスにおける閉塞とも似たような課題です。
当研究室では、国立研究開発法人産業技術総合研究所と協力し、海底メタンハイドレートからのメタンガス生産プロセスにおける流動障害対策技術の開発を行っています。メタンハイドレートによるプロセスの閉塞を解消、防止するために、インヒビターと呼ばれるハイドレートの生成や結晶成長、凝集を阻害する物質を用いた流動剤を評価、開発しています。独自に開発したロッキングセル装置によりメタンハイドレートの流動化試験を実施しています。この装置では複数のパラメータの実験データを一挙に取得することが可能で、流動剤の開発に特化した強力な試験設備です。また、海底の堆積物成分なども含めて試験することが可能です。新たな流動剤の開発も実施しています。
研究の進捗状況はプロジェクトHPの成果報告会資料をご参照ください。
セミクラスレートハイドレート(準包接水和物)
セミクラスレートハイドレートは4級アンモニウム塩などのイオンを包蔵したハイドレートです。イオンが水分子の作る水素結合ネットワークにフィットするため熱力学的安定性が高く、0 ℃以上でも固体でいることができます。高いものだと30 ℃程度の融点を持つものもあります。潜熱も200 kJ/kg比較的高く、潜熱蓄熱材(PCM:Phase Change Material)としても利用できます。
セミクラスレートハイドレートの結晶構造の例:臭化テトラ-n-ブチルアンモニウムとメタンのハイドレート. 4つの腕を伸ばしているのがカチオン. 赤:酸素(水), 緑:炭素, 青:窒素, 紫:臭素, 白:水素(メタン).
一方で、イオンが入らないケージにはメタンやCO2などのガスを包蔵することもできます。イオンを含まないメタンハイドレートやCO2ハイドレートに比べて温和な温度圧力条件で生成することができます。具体的には30 ℃、1MPa未満のプロセスとすることもでき、低コストのガス分離・貯蔵プロセスとして期待されます。
セミクラスレートハイドレートの結晶成長の様子. 24時間の結晶成長の動画.
当研究室では、蓄熱特性やガス分離特性の向上を目指してセミクラスレートの新規探索やプロセス開発を行っています。特に独自の結晶構造解析技術を用いたハイドレートの分析が強みで、ハイドレートの構造に基づくガス分離メカニズムの解析や蓄熱材の開発を行うことができます。
用語説明
- ハイドレート
日本語の学術的な正式名称は包接水和物です。他にも包摂水和物やクラスレート水和物といった表記や呼び名があります。英語ではClathrate hydrate、Gas hydrateなどと呼ばれます。「包接」とは何かを取り囲んでいるという意味で、この場合は水分子が水素結合によって作るかご状構造の中に、メタンや二酸化炭素などの分子を取り囲んでいることを示しています。「クラスレートハイドレート」ではやや長いので、ここでは単に「ハイドレート」と書いています。一般にハイドレートと言うと水和物のことを示すので、厳密には硫酸銅五水和物(CuSO4・5H2O)やミョウバン(AlK(SO4)2·12H2O)などと区別はされません。ややこしいですが、硫酸銅五水和物やミョウバンでは水がかご状構造を作って他の物質を包接している訳ではないので、クラスレートハイドレートではありません。 - ホストーゲスト化合物
包接する物質(ホスト)と包接される物質(ゲスト)で構成される物質のことです。両者は共有結合などの強い結合によって結合することはなく、より弱いファンデルワールス力などにより相互作用をしているものと理解しています。クラスレートハイドレートはこのホストーゲスト化合物にも分類されます。包接する物質がホスト、包接される物質がゲストですので、水がホスト、メタンや二酸化炭素などがゲストです。例えばケイ酸(二酸化ケイ素、SO2)が作るシリコンクラスレート(Clathrasilとも呼ばれる)などもハイドレートと同じ結晶構造を作り、内部に天然ガスを取り込んだ千葉石などが知られています。機能性物質として知られているゼオライト(アルミノケイ酸塩)やMOF/PCP(有機金属構造体/多孔性配位高分子)もホストーゲスト化合物の一種で、ハイドレートと類似の構造を有しています。このように、ハイドレートの研究は構造化学や地学なども通じて様々な分野とつながります。 - セミクラスレートハイドレート
日本語では準包接水和物と呼ばれます。上記のクラスレートハイドレートでは、ホストとゲストはファンデルワールス力により相互作用しますが、セミクラスレートではホストである水とゲストの間に水素結合などの結合があります。つまり、ゲストもホストの一部になっている場合はセミクラスレートと呼ばれます。テトラブチルアンモニウムなどの4級アンモニウム塩から生成する物質が広く知られています。